HISTORY 日本産マカの歴史

日本における挑戦の始まりと
初期の挫折

マカが⽇本に初めて紹介されたのは、1990年の⼤阪花博がきっかけでした。ペルー代表であった塩⽥哲夫⽒は数百種類の植物を持ち込み、中でもマカは「南⽶の植物の中でも別格」、「⼈類を救う⽐類稀な薬草」、⽇本で栽培することで⽇本⼈の健康を守りたいという情熱から、種を⽇本の農業試験所や⼤学等に紹介しました。しかし、マカの原産地であるペルーの厳しい環境(標⾼4,000m以上、低酸素、激しい寒暖差)と⽇本の気候が異なるため、初期の試験栽培はすべて失敗に終わりました。

福島の生産者達が日本で初めて
ハウスでの栽培に成功

最後の希望として、福島の有⼒な⽣産者である⼤久保⽒を中⼼としたプロの集団に栽培が託されました。10数年の歳⽉を費やし、ペルー側とやり取りを重ねながら、ハウス栽培でマカの栽培に成功しました。諦めない精神が奇跡を起こしました。

日本マカ株式会社の設立と
「全国露地栽培」への挑戦

⽇本マカ株式会社は、福島の⽣産者グループからの⽀援要請を受け、2012年にスタートしました。しかし、市場調査すると原発の風評被害もあり、福島産マカでは特に⼥性の購買意欲がないことが判明しました。この課題を打開するため、当社は栽培地の変更を提案し、北海道から⿅児島まで毎年全国数十カ所で露地栽培を中⼼とした試験栽培をスタート。
福島のグループが栽培指導をしたが、露地とハウスでの違い場所が変わると気候等様々な条件が違う為に失敗の連続で、福島のグループは全国での露地栽培プロジェクトを断念。しかし、当社は諦めることができず継続しました。今考えると無謀なチャレンジでした。それでも全国の優秀な生産達の協力もあり、毎年全国で様々な検証を実施し、マカの栽培に必要な条件をブラッシュアップし、栽培のノウハウを向上させてきました。また同時にマカに期待される効果効能を高める為の品質改良にも取り組んでまいりました。言わば全国の農業技術を結集してできた栽培ノウハウであり、これぞALL JAPANで作り上げた『スーパーマカ』。露地栽培で成功したと言えるのは当社だけあり、Only One企業です。

高度な農業技術と
「スーパーマカ」の実現

当社は、⽇本の⾼度な農業技術、強いこだわりと執念、⽇本独⾃の資材、そして全国の優秀な農業家の団結によって、本場ペルー産よりも⾼品質な「⽇本産スーパーマカ」の実現に成功しました。全国の様々な環境で栽培することで得られたノウハウを基に、マカの主⼒成分の一つであるベンジルグルコシノレート(BG)を3g台/100g中、(※ペルー産マカ約0.5g程)まで増強させ、その他アミノ酸やミネラルも本場ペルー産マカの数倍含む、世界最⾼品質の『スーパーマカ』が誕⽣したのです。

Only One Businessとしての
安定供給体制と使命

⽇本マカ株式会社は、他社が真似できない⾼品質と、露地栽培を中⼼とした安定供給できる体制を確⽴し、「Only One Business」を構築。現在、全国20名以上の⽣産者と連携し、大手企業数社のニーズに応えられる相当量の在庫と栽培面積を確保しております。将来的には栽培⾯積を10〜20倍に拡張することも可能です。当社は、この⽇本産マカを国内だけでなく「made in Japan」として海外にも広く普及させ、皆様のQOL「Quality Of Life」の向上、⽇本の農業の安定化、地域の雇⽤・再⽣に貢献することを使命として事業を邁進しています。

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